睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)と聞くと、多くの方が「いびき」や「日中の眠気」、あるいは心臓の病気を思い浮かべるかもしれません。しかし、この病気が静かに、そして確実に高めてしまうもう一つの重大なリスクが「脳卒中」です。当院のサイトでは心臓病や糖尿病との関係を個別にご紹介していますが、今回はあまり語られることのない「脳」との関係に焦点をあてて解説します。
なぜ睡眠時無呼吸が脳卒中につながるのか

脳卒中は、脳の血管が詰まる「脳梗塞」や、破れる「脳出血」によって、脳の細胞が急速にダメージを受ける病気です。睡眠時無呼吸症候群は、いくつもの経路でこの脳卒中の下地をつくってしまいます。
まず、睡眠中に呼吸が止まるたびに、体は繰り返し低酸素の状態にさらされます。そのたびに交感神経が興奮し、血圧が急上昇します。夜間から明け方にかけて血圧が大きく変動する状態が続くと、脳の細い血管には大きな負担がかかります。さらに、低酸素と睡眠の分断は、血管の内側をおおう内皮の働きを低下させ、血液を固まりやすくし、動脈硬化を進めます。加えて、睡眠時無呼吸は心臓の脈が乱れる不整脈(とくに心房細動)を起こしやすくすることも知られており、心臓のなかにできた血のかたまりが脳の血管まで飛んで血管を詰まらせる、というタイプの脳梗塞の引き金にもなり得ます。こうした複数の要因が重なり、脳卒中のリスクが押し上げられていくのです。
とりわけ注意したいのが、明け方の時間帯です。脳梗塞は起床前後の早朝に発症しやすいことが知られていますが、この時間帯はちょうど睡眠時無呼吸によって低酸素と血圧上昇が最も強まる時間帯と重なります。健康な人であれば血圧は睡眠中に下がりますが、睡眠時無呼吸のある方では夜間もかえって血圧が高いままだったり、明け方に急上昇したりします。この「夜間・早朝の血圧の乱れ」が、就寝中から起床直後にかけて脳の血管を追いつめる一因になると考えられています。
数字で見る「睡眠時無呼吸」と脳卒中

この関係は、質の高い研究によって裏づけられています。医学雑誌『New England Journal of Medicine』に2005年に発表された前向き研究では、睡眠時無呼吸症候群のある人は、年齢・性別・喫煙・肥満・高血圧などの影響を統計的に取り除いてもなお、脳卒中または死亡のリスクがおよそ2倍(調整後ハザード比1.97、95%信頼区間1.12〜3.48)に高まることが示されました。注目すべきは、この上昇が高血圧などの既知の危険因子とは独立して認められた、という点です。つまり、睡眠時無呼吸そのものが脳卒中の危険因子だということです。
さらにこの研究では、睡眠時無呼吸が重症であるほど脳卒中や死亡のリスクが高くなる傾向(用量反応関係)も示されました。無呼吸の程度が強いほど脳が受けるダメージも大きくなりうる、ということです。
逆の見方も重要です。実際に脳卒中を起こした患者さんを調べると、その多くに睡眠時無呼吸が隠れています。複数の研究をまとめた解析では、脳卒中を発症した患者さんの約60〜70%に睡眠中の呼吸の異常(睡眠呼吸障害)が認められ、これは一般の人々のおよそ3〜4倍にあたる高い割合です。しかも、その多くが診断されないまま見過ごされているのが実情です。脳卒中と睡眠時無呼吸は、それほど密接に結びついているのです。
脳卒中を「起こす前」も「起こした後」も大切
睡眠時無呼吸症候群への対策は、脳卒中を未然に防ぐうえで重要なだけではありません。すでに脳卒中を経験された方にとっても、見逃されている睡眠時無呼吸を治療することは、その後の回復や、再発の予防という観点から大切だと考えられています。リハビリの効果を高め、二度目の発作を避けるためにも、睡眠中の呼吸に目を向ける意義は大きいのです。
なぜ見過ごされてしまうのか
これだけ脳卒中と関わりが深いにもかかわらず、睡眠時無呼吸が見逃されやすいのには理由があります。最大の理由は、症状の多くが「眠っている間」に起きるため、ご本人がまったく自覚できないことです。いびきや無呼吸は自分では確認できず、指摘してくれる家族がいなければ気づく機会がありません。また、日中の眠気や朝の頭痛、集中力の低下といった症状も、「年齢のせい」「疲れているだけ」と受け流されがちです。健康診断だけでは睡眠中の呼吸の状態まで分からないため、高血圧や糖尿病の治療は受けていても、その根っこにある睡眠時無呼吸だけが手つかずのまま残ってしまう、というケースは決して珍しくありません。だからこそ、脳卒中の危険因子をお持ちの方は、一歩踏み込んで睡眠中の呼吸を調べてみることに意味があります。
こんな方は一度ご相談を

睡眠時無呼吸は自覚しにくく、ご本人は「よく眠れている」と感じていることも少なくありません。とくに、高血圧・糖尿病・脂質異常症といった動脈硬化の危険因子をすでにお持ちの方や、心房細動を指摘されたことのある方は、脳卒中のリスクが重なりやすいため注意が必要です。ご家族から大きないびきや睡眠中の呼吸停止を指摘されたことがある方は、その一つの手がかりとなります。
検査は、まずご自宅でできる簡易検査から始められます。指や鼻にセンサーを付けて一晩眠っていただくだけで、睡眠中の呼吸や血液中の酸素の状態を調べることができ、大きな負担はありません。その結果に応じて、治療の中心となるCPAP(持続陽圧呼吸療法)などをご提案します。CPAPは、睡眠中に気道を確保して無呼吸を防ぎ、夜間の低酸素や血圧の乱高下を抑えます。それにより、脳の血管にかかり続けていた負担をやわらげることが期待できます。
高血圧や糖尿病の治療を受けている方でも、睡眠中の呼吸までは調べたことがない、という方は多いはずです。「たかがいびき」と軽く考えず、気になる症状のある方、脳卒中の危険因子をお持ちの方は、ぜひ一度当院にご相談ください。適切な検査と治療で、将来の脳を守る一歩を、今日から踏み出しましょう。
参考文献
- Yaggi HK, Concato J, Kernan WN, et al. Obstructive Sleep Apnea as a Risk Factor for Stroke and Death. New England Journal of Medicine. 2005;353(19):2034–2041.
- Seiler A, Camilo M, Korostovtseva L, et al. Prevalence of sleep-disordered breathing after stroke and TIA: A meta-analysis. Neurology. 2019;92(7):e648–e654.
著者
つつじヶ丘駅前内科クリニック 院長
医学博士 CPAP療法士 腎臓専門医 透析専門医 内科認定医
小出高彰




